最近は「佐賀のがばいばあちゃん」の方で有名な島田洋七の登場である。そのおばあちゃんが江原に伝えようとしていたことは果たして何なのか?
広島の野球少年だった洋七は8歳で母親と離れて暮らすことになる。最初は佐賀から来たおばちゃんを見送りに駅に行ったはずなのに、別れ際にボンと母親から押されて電車に乗せられたという。洋七少年はあまりに突然の別れで割れんばかりに泣いたという。
冒頭の質問によると母親の夢をよく見るという洋七。ただし離れて暮らしていた頃の夢のせいか、声はよく聞こえるのに姿は見えないとか。その母親もばあちゃんに言うことが似ていて、一番印象に残っているのは「優しい言葉の中にも厳しさを見つけろ。厳しい言葉の中にも優しさ見つけろ」という、手紙に書いてくれた言葉だという。
佐賀で祖母と暮らすようになったが、そこには生きるための貴重な知恵があったという。例えば、熱で38.5度出たときにばあちゃんに「大丈夫や、お前なら40度までは出せる」と言われ、よく分からず「まだ上があるのかな」と不思議に思ったという。
また「ご飯は?」と聞いたら、「そんな暇はないから寝ろ」と言われたことも。さらに、朝起きて「朝ご飯は?」と聞いたら、「昨日食べたやないか」と言われ、友達に「朝ご飯って2日に一度なの?」と聞いたこともあるという。貧しい食料事情の中、会話の中でなるべく「ご飯」に触れないように巧みに言葉をすり替えていたらしい。当時は、週1でご飯がないこともざらだったという。
また、夕方に神社で遊んでいて、他の家はみなお母さんたちが迎えに来るが、自分だけ最後にポツンと一人残ってしまうので、一度家に帰って、ばあちゃんに神社まで呼びに来てと頼んだこともあるとか。ばあちゃんは「もう帰ってきてるがな」とあきれたものの、神社まで来てくれた。しかしばあちゃんに「今日はご飯ないぞ」と言われ、「言わなきゃよかったな」と後悔したとか。
次回は運動会の思い出についてばあちゃんが言った言葉。
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